Sunday, 28 May 2017

バランス

今でも情報派頭でっかちになってしまうときもあるけれど、近年ますます現場派体験主義になってきている。

実際、その場にいて空間やさまざまなものを体験する事が重要だということ。自分の視点でみるということ。このまえ書いた”量より質”についておもうことと一緒で、たくさんの情報を知っているより、ひとつひとつの実体験を大事にしていきたいと痛感した昨日のいちにち。

ま、実体験も情報も頭で考えることも行動する事も、どれもバランス良くできるのが一番理想なのだけれど。

(my)

Friday, 26 May 2017

成長のじかん

成長するには十分な時間が必要だと最近つくづく思う。
早いのはよくない。遅いくらいのほうがいい。
そういうことが、自然を見ていると感覚的に理解できる。
何だって同じだろうな。
効率とか時間短縮にワナがあるのかもしれない。
現代人はそういうツケを払わされているような気がしてならない。

(青柳)

Thursday, 25 May 2017

”量より質”についておもうこと

”量より質”とはあたりまえのようなことだけれど・・・最近ますます実感している。

たくさんのお洋服やレコードを追い求めていた頃もあった。でも今は違う。自分がほんとうに好きなことが分かってきたからか。ミーハー心でふらふらしていた。いまも少しはそんな気分が残っているかもしれない。それでもメディアや雑誌(すごい読んでいた!)から離れむかしほど影響を受けなくなったからか。

例えば、バイキングのケーキをおなかいっぱい食べるより、すてきな喫茶店でちいさくても上質なケーキをきれいな食器で食べたい。

特に普段接すること。身につける下着の心地よさ(絹とか天然素材)、よい音質で聴くお気に入りのレコード、地元の新鮮な野菜を食べること、良く掃除された気持ちのよい部屋、好きなインテリア等々。そしてひとつひとつを大事にしたい。だれもみていなくても自分が知っていること。

そんなちょっとしたことがどんどん未来を変えていく・・・ような気がする。おおげさなことじゃなくても、日々ここちがよいほうが気分がいい。なるべく機嫌よくいたい。

(my)

Wednesday, 24 May 2017

鳥の英会話


Chris Watsonの"In St Cuthbert's Time"を聞きながらデスクワークをすると気持ちいい。
このCDには英国リンディスファーンのいろいろな種類の鳥の鳴き声がフィールドレコーディングされている。
スピーカーMONOで聞いていると、とても臨場感があって野外にいるような錯覚に。
本物の鳥の鳴き声を聞くより、このCDのほうが音楽的に聞こえる。Chrisさんの録音や編集は、まさしく「作曲」といってよいと思う。
今日はいつもよりやけに音が生き生きしているなと思ったら、目の前の開け放した窓のすぐ外でツバメが鳴きながらバタバタしていた。スピーカーからの鳥の声が気になるらしく、何度もやってきて鳴いていた。
イギリスの鳥と日本の鳥は会話できるのかな?日本人のように、日本の鳥が英語を話してコミュニケーションをとっているような気がした。

(青柳)

Tuesday, 23 May 2017

音の記録 さまざまな方法

めったにないことだけれど、すごくすごく好きなアルバムはレコード(アナログ)とCDの二種類を買いたくなることがある。たいていはCDを先に持っていて、あとから再発されたものや中古でアナログレコードみつけたり。双方持ち味があるので、どちらをもっていてもいいなと思えるものを手に入れる。

WENDY & BONNIE"GENESIS"はわたしにとってそんな作品。ぐっとくるほど良いのです。

 
(my)

Monday, 22 May 2017

薄紫の音


ずっと行きたかった敦賀のTOKLASゑでぃまぁこんのライブを観に行った。
彦根から敦賀までは、下道で2時間くらいの距離で琵琶湖の景色も素晴らしく、ドライブがてらに行くにはとても良かった。山の鮮やかな緑色の中に藤や桐の花がふんわりと咲いていたのが特に印象に残った。自然が作り出す薄紫色は何とも優雅な色を放っていた。
港町敦賀ののんびりとした雰囲気は、近江とはまた違った趣きがあった。古い街はそれぞれに個性が感じられるから面白い。
ライブが始まるのを心待ちにしながらステージを見ると、柱に薄紫と緑の水彩画が掛かっていた。ライブフライヤーのイメージも薄紫と緑で嬉しくなる。演奏が始まり、ゑでぃまぁこんの優しい響きが空間に満たされる。窓からの風も気持ち良くて白昼夢を見ているような感覚に。なんだか、薄紫の音に包まれているような気がした。
5月の生き生きとした色彩と音を体感した至福の小旅行。

(青柳)

Saturday, 20 May 2017

フライング

季節感を大事にして暮しているつもり。旬のものの喜びを感じたいし、めりはりがあって楽しいから。それでも、5月なのに今日みたいに夏と勘違いしてしまうような日差しや気温だとその季節に行うことをフライングしてしまいそう。

例えば、冷やした麺(こちらは6月からと決めているけれど、もうすでに解禁してしまった)とか、”夏なんです”(こちらは夏休みのもの)といったようなこと。まだ今年は”麦秋”みていないのにー。なんだか混乱してしまう。

(my)